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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)2035号 判決 1987年11月27日

控訴人

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人弁護士

道工隆三

右同

井上隆晴

右同

柳谷晏秀

右同

青本悦男

右指定代理人

梶山雅信

外五名

被控訴人

甲野太郎

右法定代理人後見人

乙川花江

右訴訟代理人弁護士

関伸治

主文

当審における被控訴人の新たな請求原因に基づき、控訴人は、被控訴人に対し、金一六二四万三五六七円及びこれに対する昭和五八年九月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用のうち、第一審で生じた分はこれを三分してその一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とし、控訴費用は控訴人の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  被控訴人の当審における新たな主位的請求を棄却する。

2  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

3  被控訴人の予備的請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  主文第一項と同旨(主位的請求)

2  右請求が認容されることを解除条件として、

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実欄摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(原判決の訂正)

原判決二枚目裏八行目の「丙山邦雄」を「丙山邦男」と、同三枚目裏一二行目の「補助者」を「同補助者」とそれぞれ改める。

(被控訴人の当審における主張)

被控訴人は、当審において、主位的請求原因として、国家賠償法二条一項に基づく請求を追加的に変更し、原審における従来の同法一条一項に基づく請求を予備的請求に変更した。

1  主位的請求原因

(一) けん銃保管箱及びけん銃の設置、保管の瑕疵

(1) 本件けん銃は、銃砲刀剣類所持等取締法三条一項一号、警察法六七条、警察官けん銃警棒等使用及び取扱規範(昭和三七年国家公安委員会規則七号、以下「規範」という。)一三条一項、大阪府警察官けん銃警棒等使用及び取扱規程(昭和三六年九月一五日大阪府警察本部訓令第一八号、以下、「規程」という。)六条等により、公務員である警察官に貸与され、その職務中に携帯、使用するものとされているところ、その性質上極めて危険度の高い武器であることから、勤務外での警察官個人の携帯は許されず、所轄警察署で保管、管理を行なうことになつている。警察官は、けん銃の貸与を受けるものとされ、所轄警察署のけん銃取扱責任者にその保管を依頼した場合以外には、その責任において保管しなければならないものとされているのであるが(規範一三条)、職務を離れるときや携帯を免れる場合には必ず取扱責任者に保管を依頼しなければならないのであるから(規範一八条)、警察官個人の保管責任とされているのは職務執行中の携帯を義務付けられたときのみに限定されている。したがつて、規範上は、けん銃の保管責任を持つ個々の警察官が、所轄警察署のけん銃取扱責任者にその保管を依頼する形式になつているけれども、職務外での個人的な保管の余地がないのであるから、実際は、所轄警察署及びその署長が個々の警察官の所持を通じてけん銃を保管管理している。

(2) 一般に、個人別ロッカー式けん銃保管箱の設置された警察署においては、けん銃の収納、保管、管理は、けん銃の取扱責任者の下で、

(a) けん銃は、けん銃格納庫の中にある各人の保管箱に帯革と共に収納する。

(b) けん銃の出納時には取扱責任者又は取扱補助者が一名立会う。

(c) けん銃の保管箱への収納は、収納者が立会者から保管箱の鍵を受取り、自ら所定の保管箱の鍵を開閉して行う。

(d) 立会者は、けん銃の保管箱への収納を確認して、けん銃委託保管簿に押印し、時間を記入する。

(e) けん銃出納の表示は、保管箱の扉にある標札を「出」のときは赤色、「入」のときは白色にする。

(f) 立会者は、けん銃の収納に立会つた後、その日の収納者のみならず自己の所属する全ての警察官の保管箱を順次開けて、けん銃の所在を確認する。

ことになつており、本件においても、昭和五八年九月二三日には淀川警察署の丁田和雄警部補が、同年九月二六日には戊木万吉警部補が、それぞれ同署のけん銃取扱責任者として、右同様の手順でけん銃の保管、管理をなした。

淀川署の個人別ロッカー式けん銃保管箱の中には、通常、けん銃のほか、手錠、警棒、B鞄及び帯革を収納することになつているうえ、本件事件当時においては、けん銃全体を包み隠すホルスターを使用していたので、各警察官においては、いきおい帯革でけん銃等を巻いた状態で収納するようになつていた。

(3) 警察署におけるけん銃の収納、保管及び管理は、日常、定期的にしかも同時に大量に行なわれるものであり、また一旦、正規の保管がなされず害意を持つて不正にけん銃が警察署外に持ち出された場合には、けん銃が携帯に容易であることからその取り戻しはことあるまで事実上不可能であり、またその威力、携帯性、秘匿性等から、けん銃の管理にあたる者以外の第三者に対し損害を与える危険が直ちに発生するものであるから、けん銃の管理責任者ないし取扱責任者が、各警察官の保管箱への収納後の事後確認の際に、漫然とホルスターのみを注視してその中のけん銃の確認を怠ることのないように、その中に保管された物(けん銃)を直ちに確実に確認できるような保管箱ないしホルスターを設置又は付すべきであるのに、本件における実際の保管箱ないしホルスターは、機能上からも外観上からもけん銃の確認をことさら困難にするような構造となつていた。

(4) 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうが、その安全性とは当該営造物の利用行為自体の安全性に限らず、利用者以外の第三者に対する安全性をも含むものと解すべきであり、営造物の通常備えるべき性質または設備を欠いたため人に損害を与える危険性のあるような場合には安全性を欠くものであり、また、そのような安全性を欠くような状態で充分な対策を講じないまゝ営造物の利用を継続することは営造物の管理に瑕疵があるものと評価される。本件においても、けん銃取扱責任者は、けん銃の確認に際し、そのホルスターの外からはけん銃自体の存否の確認をすることができないことを充分知り得ていたのであるから、警察官においてけん銃を抜き取りホルスターだけをけん銃箱に収納することがあればホルスターの中までけん銃の確認作業の必要性を予測することができ、またその作業は容易であつたから、けん銃の抜き取りという結果を回避することができた。ところが、前記のとおり、保管箱が狭いうえ、全ての貸与品を一括してこれに保管し、且つホルスターが前記の構造であつたため、けん銃取扱責任者らは右確認作業ができなかつたものであり、右保管箱の設置及びけん銃の保管に瑕疵があつたことは明らかである。

(二) けん銃の管理の瑕疵

(1) 本件けん銃は国家賠償法二条に規定する営造物であり、極めて危険な武器である。

(2) 本件けん銃の保管責任者である淀川警察署の戊木万吉警部補は、昭和五八年九月二六日、けん銃取扱責任者として警察官のけん銃収納に立ち会つたものであるが、その際、各警察官においてけん銃を各保管箱に収納した後、各保管箱を点検しけん銃が確実に保管されたことを確認すべき義務があるのに、これを怠つたため、丙山において勤務明けに際しけん銃を同署保管箱に収納すべき時から次の勤務に就くまでの間、空のホルスターのみを保管箱に収納し不正にけん銃を持ち出し、本件けん銃使用による事故が発生するまでこれに全く気付かなかつたものであるから、公の営造物の管理に瑕疵があつたことは明らかである。

よつて、被控訴人は、控訴人に対し、国家賠償法二条一項に基づき、損害賠償請求として金一六二四万三五六七円及びこれに対する昭和五八年九月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  予備的請求原因(補足)

(一) 公権力の行使について

個々の警察官は、規範上けん銃を常時携帯することを原則としており(警察武器優位の原則)、けん銃を携帯することはその職務上の義務であり、反面、職務外でこれを保管することはできない。したがつて、右職務外での保管責任者を制度上明らかにしたものがけん銃管理責任者であり取扱責任者であるから、これらの者がけん銃を保管することは実力制度としての警察を維持、存続させる機能であるから、実力行使と同様に公権力の行使である。

(二) 過失について

警察官は、一公務員として国家及び地方公務員法に規定する服務事項のほか、その職務の特殊性から他の公務員とは異なる職務規定に服するものとされている。即ち、警察官の個人的倫理として、過度な負債、品位を汚す交際、過度な飲酒を慎むことが警察官の初等教育を通して求められており、また休日、夜間の突然事故等の場合の人員の召集等の有事即応体制の確保、潜在警察力の保持、常時警戒体制の保存等から住所、旅行等の制限、届出などの服務規定、倫理等によつて、警察官は部下の私生活を含めた動静を常時把握すべきものである。しかるところ、丙山の勤務先派出所には連日のように私用電話があり、複数の女性が弁当を数回ならず持参するという通常の外勤警察官の生活の常軌を逸しているほか、丙山は警察共済組合又は同僚から多額の借り入れをなし、勤務成績は劣等で昭和五八年八月からは勤務状態も乱れ、本件事件直前には上司の指導を受けている状況であり、同年六月からは届出住所地である寝屋川市の警察官宿舎に全く帰らなくなつていた。しかるに丙山の上司の丁田警部補はその生活状況、身上、素行を十分把握しなかつたが、右状況下では、丁田に、丙山が不法にけん銃を持ち出すこと及びこれにより人身を殺傷するに至ることの具体的予見可能性もあつた。

3  相当因果関係について

戊木警部補のけん銃不確認の過失によつて、本件けん銃が不法に持ち出されたことから、一般通常人において、右けん銃を用いて人身の殺傷という結果が惹起、発生する可能性があることを予測することは容易なことであり、本件においては、本件結果の発生が一般的に生ずるものであり「結果発生の客観的可能性を一般的に少なからず高めた」関係にあるというべきである。

4  甲野の損害について

本件被害者である甲野は、被害当時いわゆる雇われママ(スナック「○○」の給与は月額一八万円である。)のほか、週二回ほどホステスとしてアルバイトをしており、その売り上げも勤務店で上位であつたから、経験則上、一般女子労働者の純収入より多額である。交通事故紛争においては、いわゆる水商売にたずさわる女子労働者の純収入をある程度の年令まで一般女子労働者のそれよりも高く認定しているのが一般である。

(控訴人の当審における主張)

1  公権力の行使の不該当性について

本件において問題とされる公務員の行為は、けん銃取扱責任者又はその補助者が、警察官に貸与されたけん銃の勤務時間外保管のためけん銃を収受する際に、けん銃を受領したと思つていたのに実際は受領しなかつたというものであり、この収受行為をもつて「公権力の行使」とみることはできない。すなわち、けん銃の勤務時間外保管は、警察官に貸与したけん銃を勤務時間外にどのように保管するかという警察の対内的な問題であり、したがつてその保管のためのけん銃の収受行為をもつて権力作用とみることはできないからである。

2  相当因果関係の不存在について

甲野の殺害は、本件けん銃不収受の行為があつてはじめて発生した、換言すれば、甲野の殺害は本件けん銃不収受の行為がなければ発生しなかつたというような断定は、当時の丙山の言動、殺意の程度よりして、できるものではない。すなわち、丙山は、甲野の変心に生きる望みを失い、同女を殺害して自らも自殺しようと考えて遺書まで書いており、その殺意は非常に固かつたとみられるのであるから、本件けん銃不収受の行為がなくとも、けん銃以外の他の方法でもつて、あるいは正規にけん銃を所持している間にそのけん銃をもつて同女を殺害していたであろうことが十分考えられるからである。

さらに、第一次けん銃持出し行為の際に立ち会つた丁田警部補の行為については、その後そのけん銃が一旦正規の状態に戻されているのであるから、因果関係は中断している。

3  被控訴人の追加的主位的請求原因に対する反論

(一) けん銃の保管が外から容易に見えるような構造のけん銃保管箱は第三者にけん銃の存在を示すことになつてむしろ危険なことであり、また、当時のけん銃保管箱が日常的に大量のけん銃の収納、保管を迅速、確実、的確にできないものではなく、けん銃保管箱の設置になんら瑕疵はない。

(二) 従前のホルスターはけん銃の一部が見えるものであつたため事故が発生したことから、けん銃の全部を覆う現在使用のホルスターに替えたものであり、むしろホルスターとしては現在の方がより安全であつて、ホルスターの構造になんら瑕疵はない。

(三) けん銃が国家賠償法二条にいう営造物に該るかについては疑問があるが、仮にそれにあたるとしても、本件においては、けん銃そのものに通常有すべき安全性を欠いているところはなく、また、営造物の管理の瑕疵について、営造物そのものは通常の状態であるが、管理の不手際によつてそれが悪用された場合を含むとしても、本件では、けん銃の管理になんらかの手落ちがあつてけん銃が持ち出されて悪用されたというのではなく、正当なけん銃保持者がその返還をしなかつたという場合であるから、これをけん銃の管理の瑕疵として論ずることは相当でない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人の主位的請求について、以下判断する。

1  被控訴人は、本件けん銃が丙山によつて無断で淀川警察署外に持ち出されたことにつき、けん銃保管箱及びけん銃の設置、保管に瑕疵があつた旨又は、けん銃の管理に瑕疵があつた旨主張するので、まずこの点につき検討するに、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  丙山は、昭和四二年に大阪府巡査を拝命し同府下警察署で勤務した後、同五八年三月一二日巡査部長に昇格し、同時に淀川警察署警ら課第一係勤務となり、パトカー乗務及び派出所勤務に就いていた者である。

(二)  本件けん銃が持ち出された当時、大阪府警におけるけん銃の使用及び取扱いについて、まず「警察官けん銃警棒等使用および取扱規範」(昭和三七年国家公安委員会規則第七号―以下、「本件規範」という。)一六条、一七条並びに「大阪府警察官けん銃警棒等使用及び取扱規程」(昭和三六年九月一五日大阪府警本部訓令第一八号、昭和五八年三月八日改正―以下、「本件規程」という。)二ないし四条の定めるところによれば、けん銃の管理等については、管理責任者、取扱責任者、及び取扱補助者を置くこととされ、甲野の勤務していた淀川警察署においては、右管理責任者は署長、取扱責任者は副署長及び警ら課長、同補助者は警部補以上の階級にあるほとんどの者と定められていた。

(三)  各警察官は、本件規程六条一項により管理責任者からけん銃を貸与され、本件規範一三条一項により制服を着用して勤務するときは、けん銃を携帯するものとされるが、本件規程一一条一項により駐在所勤務の場合を除き、本件規範及び規程上けん銃を携帯しなくてもよい場合及び勤務時間以外においては、けん銃はすべて取扱責任者に保管を依頼することとされ、私的な立場においてけん銃を所持することは許されていなかつた。そして本件規範二〇条はけん銃の保管の責めに任ずる者の職務上の注意義務を定め、その一つとしてけん銃を放置し、盗まれ、遺失し又は奪取されることのないようにして保管に最善の注意を払わなければならないと規定していた。さらに、本件規範一七条二項は、管理責任者は、警察官が長期欠勤又は心身の故障のためけん銃を保管することが適当でないと認められるときには、貸与にかかるけん銃の保管の責を解き、取扱責任者にこれを保管せしめることができる旨規定していた。

(四)  本件規程一〇条、一二条、一三条により、各警察署には、けん銃の保管のため、格納庫及び保管箱を設置することとし、格納庫等の鍵は取扱責任者が保管し、けん銃の保管、出納はその都度取扱責任者に申し出て行ない、右申出がなされたときは、取扱責任者または同補助者がけん銃等委託保管簿に押印したうえ、けん銃の出し入れに立ち会うべき旨規定され、なお、けん銃の保管を委託するときは、けん銃から実弾を抜き出し、たま袋に入れ、けん銃に添えて取扱責任者に保管を申し出るが、個人別保管箱に保管する場合は、実弾を装てんしたまゝ帯革と共に保管することができると規定されていた。

右規定に基づき、淀川警察署においてもけん銃格納庫及び個人別保管箱を設置して署内の全けん銃を収納する体制をとり、前記のとおり取扱責任者または同補助者の立会いのもとにけん銃の出納を行なつていた。特に、けん銃を収納する際は、各警察官は、格納庫の中央にある鍵箱から個人別保管箱の鍵をとり、これで保管箱をあけてこれにけん銃を収納することになつていたが、けん銃はけん銃ホルスターに格納されたまゝの状態で手錠、警棒などと共に収納される慣行であつたところ、当時のけん銃ホルスターは蓋付で完全にけん銃をおおう構造であつたから、蓋を閉めた状態では外部から目で中身の確認ができなかつた。しかして、右収納時には、同署の取扱責任者または同補助者は、同人らの立会いの上、各警察官が収納した後、改めて個人別保管箱の扉を開け、収納の有無を目で確認していたが、ホルスターの蓋を開けてその中のけん銃の有無についてまで確認することはしていなかつた。

(五)  丙山は、昭和五八年三月一二日、淀川警察署に赴任した際、本件けん銃をその管理責任者である同署長から貸与を受けていたが、同年九月二三日午前七時ころ勤務明け時にけん銃保管箱へけん銃を収納するに際し、これに先立ち、本件被害者の甲野から「一度、けん銃を見せて欲しい。」と求められていたのに応じ、同女の歓心を買おうとして、本件けん銃を前記規程に反して署外に持ち出すことを決意し、同署のパトカー乗務員待機室で誰もいないのを見計らい、すばやくホルスターの中から実弾五発が装てんされたまゝの本件けん銃を抜き出して同人の鞄の中に隠し、空のホルスターのみを帯革に巻きつけ、あたかもけん銃が中に入つているように見せかけてこれを保管箱に収納したが、当時けん銃取扱補助者としてこれに立会つていた同署の丁田警部補は、ホルスターの中にけん銃が収められているものと軽信し、蓋をあけて中を確認することをしなかつた。この結果、丙山は本件けん銃の持ち出しに成功し、同月二五日午後一時ころ正規の勤務に就くまで規程に反して本件けん銃を不法に所持することになつたが、その間、丙山は、本件けん銃を私服のまゝ持ち歩き、前記甲野のみならず、その同僚のホステスらに本件けん銃を見せたり触らせたりした。そして、丙山は、右勤務に就くに際し、制服に着替えた後、保管庫から空のホルスターと帯革を取り出し、パトカー乗務員待機室で鞄から本件けん銃を出してホルスターに納めたが、誰もこれに気付いた者はなかつた。

(六)  さらに、丙山は、同月二六日午前一〇時半ころ、同じく勤務明け時にけん銃を保管庫に収納するにあたり、今度は甲野の殺害に使用するため前記と同様の方法でけん銃を署外に持出すことを企ててこれを実行したが、けん銃取扱補助者としてこれに立会つていた同署の戊木万吉警部補は、前記丁田警部補と同様の確認をなしたのみで、ホルスター内のけん銃の有無の確認をしなかつたため、丙山は本件けん銃を署外に持ち出すことに成功し、その後、丙山は前記同様本件けん銃を私服のまゝ持ち歩き、これを甲野及びその同僚のホステスに見せたり触らせたりしていたが、同署員でこれに気付いた者はなく、本件けん銃はその後、丙山によつて約四日間不法に所持された挙句、本件殺害行為に使用されるに至つた。

2  ところで、国家賠償法二条の「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうべきところ、本件において、けん銃保管のための保管箱が右営造物に該るものと解されるのみならず、本件けん銃はそれ自体動産であるが、本来的に人身等を殺傷する用に供されるために作製されたいわゆる性質上の兇器であり、しかもその威力は強大で、一旦使用されると相手に容易に致命傷を与える高度の危険性を持つ武器であるから、これもまた右営造物に該ると解される。さらに、右安全性とは、当該営造物の利用行為自体の安全性に限らず、利用者以外の第三者に対する安全性をも含むものであり、右安全性の欠如とは客観的な注意義務違背と解するのが相当であるところ、本件においては、本件けん銃が淀川警察署から不法に持ち出され、これが本件殺害行為に使用されるに至つたものであるから、以下、右不法持出し行為につき控訴人側になんらかの客観的義務違背があつたか否かについて検討することとする。

前記のとおり、けん銃は高度の危険性を有する武器であり、その形状、重量、機能の点から持ち運び及び操作が容易であり、秘匿性が高く、したがつてこれが適切な管理を離れて不法の目的を持つ者の手に一旦渡れば人身に重大な危害を加えられる高度の危険性があり、一般市民の側で自らこれを防御回避することは殆ど不可能に近い。銃砲刀剣類所持等取締法三条がけん銃の所持を一般的に禁止し、例外として警察法六七条により警察官は小型武器の一種としてけん銃の所持が許されているが、この場合にも、前記認定の如き極めて厳重な管理体制がとられるのは、けん銃の持つこのような危険性にもとづくものである。そうであれば、右警察所轄庁において、けん銃の不法使用を防止するため、その保管ないし管理にあたり極めて高度の客観的注意義務が求められることは当然である。

そこで、本件についてみるに、前記認定のとおり、本件けん銃は前後二回に亘つて丙山によつて不法に署外に持ち出され、通算約六日間余そのまゝ放置され、その間、一般市民の目にさらされたにも拘らず、管理者側はこれに全く気付かなかつたという極めて異常な事態が発生したものであるが、右は、二回に亘つてそれぞれけん銃の収納に立会つていた前記両警部補が単にけん銃ホルスターの有無を外部から目で確認したにとどまつたことに起因するものといわざるを得ない。すなわち、かかる場合、けん銃の取扱責任者又は同補助者としては、けん銃のホルスターの蓋をあけて本件けん銃の有無を確認するか、少くともホルスターを手で持ち上げてその重量でこれを確認するまでの義務があるものというべきであり、一般的に右注意義務を課すことは難きを強いるものではないし、当時、右確認を求めることが職務上困難であつたりなんらかの不都合を来す客観的な事情があつたものとは証拠上認められない。しかるに、前記両警部補は右確認を怠つたものであるから、右注意義務違反を免れないものというべきである。更に、管理責任者としても随時保管けん銃の一斉点検を実施していたならば、六日間余もけん銃が放置されるという異常な事態が発生しなかつたものというべきであり、この点において管理責任者ないしは管理者側の管理体制そのものも充分でなかつたものと考えられる。なお、<証拠>によれば、本件規程は、本件事故後の昭和五九年三月二日、大阪府警本部訓令第四号をもつて全面的に改められ、更に厳重な管理体制がとられるに至つたことが認められる。

以上の諸点を総合すれば、本件けん銃の保管箱ないし本件けん銃の設置又は管理に瑕疵があつたものと認めざるを得ない。控訴人は、本件では、けん銃の管理になんらかの手落ちがあつてけん銃が持ち出されて悪用されたというのではなく、正当なけん銃所持者がその返還をしなかつた場合であつて管理の瑕疵とはいえない旨主張するが、丙山は勤務外においては、本件けん銃の正当な所持者ではないから右主張は採用することができない。

3  そこで、次に、本件営造物である本件けん銃ないしその保管箱の設置又は管理の瑕疵と甲野の死亡との間の相当因果関係の有無について検討するに、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  丙山は、昭和五八年二月ころ、近畿管区警察学校初級幹部科一般課程に在学していた当時、同僚と遊興中にラブサロンでホステスをしていた甲野と知り合つた。当時、丙山は既に結婚して寝屋川市の警察官宿舎に妻とその連子の養子と共に居住していたが、妻と丙山の母親との不仲、同居問題などを原因として夫婦関係は悪化しており、昭和五七年八月ころ以降肉体関係はなかつた。

(二)  丙山は、次第に若くて明るい感じの甲野に惹かれ、同年四月ころから同女がホステスとして勤務するラブサロンに足繁く通うようになり、同年五月ころからは勤務の非番や公休日には同店の開店と同時に甲野と同伴で入店し閉店まで過ごすなど、勤務時間以外は同店に入り浸りの状態となつた。そして、右遊興の費用等に充てるため同年五月一一日から九月一四日にかけて、丙山はサラ金から三三四万円、大阪府警信用組合から一二〇万円、同僚の警察官から一〇〇万円合計五五四万円の多額の金員を借り入れた。なお、丙山の当時の給料総支給額は月額約三一万円余、手取り額は約二〇万円余であつた。

(三)  丙山は、甲野に対して妻帯者であることを秘していたが、甲野から、同人が離婚歴があり子供までいることなどを打ち明けられたので、ついには、破綻状態にある妻と離婚しても甲野と結婚しようと考え、同年六月中旬ころ、前記宿舎を出て枚方市の母親の許に移り住んで妻と別居し、以後妻子には生活費も満足に入れないようになり、妻との間で離婚の話を進め、同年七月ころこれが事実上まとまつたが、子供の学校の関係で離婚届は先に伸ばされた。そこで、丙山は同年七月中旬ころ甲野に対して結婚を前提とした交際を申し込み、同年八月初旬ころ始めて同女と肉体関係を持ち、ますます同女との交情を深め、この間、丙山の勤務先の派出所に数回に亘り甲野から弁当が届けられるなどしたが、その時点でも同女から、住所や電話番号を教えてもらえず、そのことに不安を感じていた。他方、甲野は当時、別の男性とも愛人関係にあり、そのことは同月中旬ころには丙山の知るところとなつたが、甲野はこの愛人との関係を清算しようとせず、かえつて両者を天秤にかける旨の発言をしたので、丙山は大きな衝撃を受け、同時に激しい嫉妬心を燃やすに至つた。その後も丙山は、同女との結婚を望み、将来二人で暮らすマンションを借りるため手付けを打つたりするなど同女の歓心を買おうと努力したが、同女は結婚について明確な態度をとらず、別の男性への未練が断ちがたく、かえつて同年九月一〇日ころ以降は、丙山に対し「毎日会つていると新鮮味がないのでしばらく離れてみようか。」などと冷淡な態度をとつたため、丙山は焦慮の念を抱いていた。

(四)  丙山は、甲野との交際のため、同年八月には二日、九月には三日の年次休暇をとり、同月二三日には前記認定のとおり同女の歓心を買うため本件けん銃を勤務先からひそかに持ち出すなど、勤務上もその影響が及ぶに至つた。当時、丙山は淀川警察署警ら課警ら第一係第二運用区に所属し、その直接の上司は係長丁田警部補であり、さらに間接の上司として総括係長戊木警部補がいたが、同年九月二五日、丙山は約一〇分遅れて出勤したので、右丁田警部補は丙山に面接し、同人からその生活状況の説明を受けたが、その際、丙山は同警部補に対して始めて妻との別居や離婚の予定などを説明したが、右以外の甲野との交際やサラ金からの借金については全く説明をしなかつた。

(五)  丙山は、甲野の前記の冷淡な態度は前記男性の存在によるものと考え、不信と焦燥の念にかられていたが、同年九月二四日の同女の誕生パーティーへの出席を断られたことから絶望的な気持となり、前記の男性に同女をとられることとなれば、もはや生きる甲斐もない、その場合には同女をけん銃で撃ち殺し自分も自殺するほかないと考えるようになり、これに使用する目的で、一度持ち出しに成功した本件けん銃を再度無断で持ち出すことを決意するに至つた。そして、同月二六日、前記認定のとおり、実弾五発が装てんしてある本件けん銃を淀川警察署から無断で持ち出し、甲野が自分から去つていくことが判明次第いつでも甲野を殺せるように以後、常時これを携帯していた。そして丙山は、同月二八日に甲野と会い、二九日には甲野を母親と引き合わせ、更に同月三〇日、甲野と会つた際、甲野に対して自分の方も妻帯者で子供がいることを打ち明けたところ、甲野は丙山の期待に反して驚くと共に丙山に対して直ちに絶交の意思を表明したので、丙山は激昂し、絶望のあまり、所携の本件けん銃で本件殺害行為に及んだ。

以上の認定事実のほか、前記1の認定事実を総合すると、丙山は当初は甲野の歓心を買うため本件けん銃を無断で持ち出したものであるが、その後は甲野の心を自分に向けさせるための脅しの手段として本件けん銃を利用したものと推認され、更にはこれを殺害行為の兇器として使用するに至つたものであり、本件けん銃は丙山の行動と密接に関係していることが明らかである。そうすると、本件殺害行為の兇器として本件けん銃のみが丙山の念頭にあり、他の兇器、方法による殺害の可能性はなかつたものと推認され、本件全証拠によつても、丙山が本件けん銃がなかつたとしても、他の兇器又は方法によつて甲野の殺害を遂げていたであろうとの事実は認められない。かえつて、本件けん銃はその危険性が高い割にその操作携帯が比較的容易であり、丙山は私服時常にこれを携帯していたこと、しかも丙山は右操作に習熟していたことに徴すると、本件けん銃によつてのみ本件殺害行為は可能であつたとも推認される。次に、勤務時又は制服着用時の本件殺害行為の可能性については、前記認定のとおり、丙山は、本件第一次の無断持ち出しに容易に成功したことが誘因となつて、第二次持ち出しによつて本件けん銃を確保しこれによつて本件殺害行為をなすべくこれを計画し実行していることに徴すれば、勤務時又は制服着用時の右犯行の必要性もなくその余地もなかつたものであり、さらに、当審証人丙山邦男の証言によれば、勤務時又は制服着用時には勤務上の制約のほか、心理的な抵抗があり本件殺害行為に及ばなかつたであろうと述べていることが認められ、現に丙山は制服着用のまゝ又は勤務時に甲野と個人的に会つていたことは一度もないのであるから、勤務時又は制服着用時の本件殺害行為の可能性もなかつたものと推認される。

なお、控訴人は、丁田警部補の行為については、因果関係が中断している旨主張するが、前記認定のとおり、第一次持ち出し行為は第二次持ち出し行為を誘発し、ひいては本件殺害行為の誘因となつているものであるから、右主張は採用することができない。

以上認定の諸事情を総合すれば、本件殺害行為はまさに本件けん銃の不法持ち出しによつて惹起されたものというべきであるから、本件営造物たる本件けん銃ないしその保管箱の設置又は管理の瑕疵と甲野の死亡との間には相当因果関係があるものと認めざるを得ない。

4  損害及び過失相殺については、次のとおり訂正するほか、原判決二五枚目表七行目から同二七枚目裏三行目までの理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  原判決二六枚目表四行目の「満二七歳」を「満六七歳」と改める。

(二)  原判決二六枚目裏一行目の「本件過失行為」から同三行目の「その他」までを削除する。

(三)  原判決二七枚目表五行目の「前記三」を「前記二3」と改める。

5  そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、国家賠償法二条に基づく損害賠償として金一六二四万三五六七円及びこれに対する瑕疵による損害発生の日である昭和五八年九月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。しかるところ、被控訴人は、原審において、控訴人に対して国家賠償法一条一項所定の控訴人の公務員の不法行為に基づく損害賠償を求め、一六二四万三五六七円及びこれに対する昭和五八年九月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度でこれが認容され、その余の請求はこれが棄却されたところ、被控訴人の本件附帯控訴状は印紙不貼付により昭和六一年一二月二五日に却下されたこと、その後、被控訴人は国家賠償法二条による請求を追加的に変更し、これを主位的請求とし、原審における同法一条一項による請求を予備的請求とし、その後、主位的請求につき附帯控訴をしていないことが弁論の全趣旨によつて明らかである。そうすると、被控訴人は主位的請求については、原審認定の数額の範囲内でその支払を求めているものと解されるから、被控訴人の当審における主位的請求は全部理由がありこれを認容すべきである。

三よつて、被控訴人の当審における主位的請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八五条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。なお、原判決中、被控訴人の予備的請求を認容した主文第一項及びこれに対する仮執行宣言及び仮執行免脱宣言を付した主文第四項は、当審で主位的請求を認容したことにより当然失効したから、特にこれを取り消さないこととする。

(裁判長裁判官大和勇美 裁判官久末洋三 裁判官稲田龍樹)

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